ファンタジスタの背中には
かつてフィオレンティーナでプレーしたレジェンド、マヌエル・ルイ・コスタについて、サポーターは「ファンタジスタの背中には天使の羽根が生えている」と評したそうです。
嘘が本当かは知りません。
でも、なんとも粋な言葉じゃないですか。
僕がサッカーを始めた頃には既にヴィオラにはいなくて、ミランに在籍していたので。
だから古参のヴィオラファンなら必ず言う「バティとルイ・コスタの黄金コンビ」は知りません。
ある種それに引け目を感じながら偉そうにこんなブログをやっています。
今の時代にファンタジスタはいるのかという議論は、カルチョファンなら誰しもすると思います。
そもそもファンタジスタという言葉をどう定義するのかというのがそもそも分かりません。
感覚的なものですよね。
でも間違いなくルイ・コスタはカルチョファンにとってファンタジスタだったわけです。
ファンタジスタの語源はfantasiaにあります。
訳すると、imagination、即ち想像です。
想像上でしか出来ないようなプレー。
思わず見惚れてしまうようなプレー。
きっとそんなプレーヤーの事を言うのでしょう。
さて、そんなファンタジスタであるかどうかは別にして、僕にとって見惚れてしまうようなプレーヤーというのはヴィオラを応援し始めてから1人しかいません。
心を掴まれた選手や思わず感情移入してしまう選手、見ていてワクワクする選手、そんな選手たちは沢山います。
でも見惚れた選手は1人だけです。
ボルハ・バレロです。
彼のボールタッチには痺れました。
一つ一つのプレーが魔法のようだと思いました。
なんと美しい選手なんだと。
「花の都」「屋根のない美術館」と呼ばれるフィレンツェに相応しいプレーヤーだと思いました。
1人でゲームメイクをやってのける才能に慄きました。
彼は11人のオーケストラの指揮者であり、魔法使いでした。
それからミラン・バデリが台頭し、マティアス・ヴェシーノがチームを押し上げ、ジョルダン・ヴェレトゥが過渡期を支えました。
彼らも中盤のゲームメイクを司りましたが、彼らの手に魔法の杖はありませんでした。
それからクラブは長年お世話になったデッラ・ヴァッレ兄弟のもとを離れ、現コンミッソ体制となりました。
そうしてようやく出会いました。
フィレンツェに相応しい華麗な中盤の踊り子に。
ガエターノ・カストロヴィッリです。
1人で試合を動かせるほどゲームメイクのスキルは高くない。
でも、彼がセリエAの舞台で紫色のユニフォームを着てボールを持った時、まるでピッチ上を舞うかのように敵をかわして見せたのです。
カストロヴィッリは指揮者ではないです。
でも、その背中に羽根を見たのは僕だけではないはずです。
彼をファンタジスタと呼べるかと言うと、分かりません。
ぶっちゃけまだそんなに器用じゃないし、上手くない。
でも、ヴィオラの10番がこれほど似合う選手は現状いません。
プレミア行きがメディカルチェックに引っかかって破断になり、去就が不透明になりました。
もしかしたら帰ってくるかもしれないし、ヴィオラで続けるモチベーションを失って別のどこかに去ってしまうかもしれない。
後者の方が可能性としては高いと思います。
カストロヴィッリより良い選手は山ほどいるので、後任探しは出来ます。
噂になってるバルダンツィも実現すればきっと戦力になるでしょう。
でもそういうことじゃなくて、僕はバレロ以降、魔法使いになれるかもしれない天性の素質を秘めた選手にフィオレンティーナにいて欲しい。
チームより選手はあり得ないけど、僕はフィオレンティーナが翼の生えたカストロヴィッリの躍動できるチームであって欲しい。
給与面で揉めた選手が土壇場で戻ってくることに快く思わないサポーターもいるでしょう。
当たり前です。
カストロヴィッリじゃなかったら、僕は多分「もう戻ってこなくていい」と言ってます。
しかし惚れた弱みで、カストロヴィッリだけには僕はそうは言えないんですよ。
フィオレンティーナは浪漫だって僕は常々言ってきましたし、同じように言ってる方を僕はよく見かけます。
ヴィオラは浪漫だとSNS上で最初に言い出したのは僕だと勝手に自負してるんですが、他サポからすりゃ「うちにだって浪漫はあるよ」と思ってる方いらっしゃると思うんですよね。
分かります。実際そうだと思います。
ヴィオラサポの中でも「浪漫」の捉え方は色々だと思います。
これも言語化は難しい。
僕にとっての浪漫の筆頭がバレロです。
それから、パスクアル、ジュゼッペ・ロッシ、アストーリ、ゴンサロ・ロドリゲス、トレイラ、マルコス・アロンソ。
カストロヴィッリもその一部。
世界的なビッグネームを大金で集めて出来たスター軍団に興味なんか無くて、フィレンツェを愛し、フィオレンティーナに誇りをもってピッチに立ってくれる選手が良いんです。
それじゃトロフィーには一生縁がないかもしれないけど、もしかしたらたった一度でも手が届くかもしれない。
これが僕にとっての浪漫です。
カストロヴィッリが来季何色のユニフォームを着ているのかは分かりません。
でも誰がなんと言おうと、僕はずっとそれが紫色であることを願っています。