苦労人
ロレンツォ・ヴェヌーティは華のある選手ではない。
サイドライン際をぶち抜くスピードもなければ、敵をかわすテクニックも、強靭なフィジカルも、正確なクロスもない。
パスセンスは平凡。
FKやCKは当然蹴れないし、たまに打つシュートも枠をとらえることはない。
彼には大きな武器がない。
ただし、彼は諦めない。
控えでも腐らないし、味方のサポートは欠かさない。
守備時は簡単に飛び込まない。
たとえ最後に突破されようとも、それまでに味方が戻る時間を稼ぐ。
ヴェヌーティのプレーはつまらない。
それでも、彼こそがフィオレンティーナであることを否定する者はない。
1995年トスカーナ州で産まれた彼は、9歳の時にアマチュアクラブからフィオレンティーナのプリマヴェーラに移籍。
以降、10年間をヴィオラのプリマで過ごした。
しかし、そこでデビューはなく、14-15シーズンにペスカーラにローンで移籍する。
ただ、膝の負傷も影響し、ここでも出場はプリマヴェーラのチームに留まる。
結局トップチームでデビューしたのは翌年のブレシアへのローン時のことになる。
そこからさらにベネヴェント、レッチェと渡り歩いた後、ようやくフィレンツェに戻ってくる。
これが19-20シーズンのことである。
そして何を隠そう、その19-20シーズンというのは、地獄の幕開けのシーズンである。
前シーズンに途中就任後、一勝も出来ずにシーズンを終えたモンテッラが何故か続投。
案の定12月にサヨナラとなる。
後任はみんな大好きイアキーニ。
売れない帽子をやたら売り出す公式ストア。
勝った試合ですらつまらないゲーム内容。
最終成績でこそ10位に落ち着いたが、シーズン後にもたらされたのはイアキーニ続投の知らせ。
ヴィオラに戻ってきたこのシーズンを、ヴェヌーティはRSBのリローラの控えとして過ごす。
そして次の20-21シーズン。
そう、案の定イアキーニが途中解任となったにも関わらず、またシーズン終盤に戻ってきた、降格争いのシーズンである。
公式ストアに大量展開されていた帽子は、軒並みセール中の箱にぶち込まれている。
良い思い出がほとんどないこのシーズンで、ヴェヌーティはリローラからポジションを奪って、RSBのレギュラーとして奮闘する。
その後2シーズンは、それぞれオドリオソラとドドーの控えとしてチームを支える。
思い出深いのは21-22シーズンのミラン戦。
CB4人のうち、3人が負傷と出場停止で不在の中、イゴールと組んでミランに押し勝った試合である。
持ち前の守備の安定感を活かし、試合前に大敗すら覚悟した状況を一転させた見事なパフォーマンスだった。
ヴェヌーティ無しであの勝利はなかった。
「このシャツを着て、街を代表することの意味を俺は示せる。」
トスカーナ生まれのプリマっ子だからこそ、ヴェヌーティのこの言葉には重みがある。
今季はドドーという絶対的な主力の控えとして、ほとんど出場機会を得ることはなかったが、ホーム最終戦で挨拶に出向いた際のサポーターの声援が、9歳から始まったヴェヌーティの冒険の全てを物語っている。
“Fieri di te, per sempre uno di noi”
「君を誇りに思う。永遠に私たちの一員だ。」
この時、彼が何を思って涙したのか、想像に難くないだろう。
もう1人、忘れてはならない人がいる。
愛すべき禿頭、リカルド・サポナーラである。
08-09シーズンにセリエC1ラヴェンナでデビュー後、エンポリ、ミラン、またエンポリと渡り歩いて、17-18シーズンにフィレンツェに辿り着いた。
トップ下の選手として出場機会を得るが、パフォーマンスはいまひとつ物足りない。
そんな中、チームに悲劇が訪れる。
ダヴィデ・アストーリとの別れである。
サポナーラはアストーリと仲が良く、ダイニングルームでは彼の隣の席だった。
友人を亡くした悲しみを背負ったまま臨んだベネヴェント戦では、これまでの比にならないトップパフォーマンスを披露し、サポナーラのアシストで勝利した。
その後もヴィオラの5連勝に大きく貢献するが、18-19シーズンにはサンプドリアにローン移籍。
また、続くシーズンもジェノア、レッチェ、スペツィアへとローンで移籍する。
中々安息の地を見出せず、スペツィアから帰還後もヴィオラでは放出候補筆頭であった。
ただし、ここで彼にとっての第二のターニングポイントとなる事件が起きる。
元々ヴィオラを率いるはずだったガットゥーゾが補強プランでフロントと揉め、代わりにスペツィアで彼を重用したイタリアーノが監督として就任する。
サポナーラはイタリアーノの哲学を理解している選手として、土壇場でチームに残ることになる。
ここからの彼の貢献は、もはや言うに及ばない。
トップ下から主戦場をWGへと変えたサポナーラは、持ち前のテクニックとシュート技術でシーズン通して過去最高のパフォーマンスを発揮。
二度目のヴィオラでの挑戦は、花の都に相応しい芸術的なプレーで、見るものを楽しませる活躍ぶりであった。
今季最終節サッスオーロ戦での圧巻のプレーを見ると、別れるのがまた惜しくなる。
サポナーラのセンスはまだ衰えていない。
きっとどこでもやれるだろう。
ペナルティエリア手前左側からファーへのミドルシュートをあの精度で打てる選手はそう多くない。
ヴェヌーティにしても、サポナーラにしても、プレーするクラブをローン移籍で毎年のように変え、安息の地を見出せなかった選手である。
そんな彼らがフィレンツェの地で覚醒し、フィオレンティーナに大きな愛情を注いでくれたことに心から感謝したい。
この数年間は、彼ら抜きには戦えなかった。
この先の二人の苦労人のキャリアに幸多からんことを東の果てから祈りたいと思う。
ご意見・ご感想ございましたらコメントいただけると嬉しいです。
拙い文章読んでくださってありがとうございました。